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仏教的観点の幽霊

思想哲学・思索
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気温差が激しいですね、夜はずっとクーラーをつけているんですが、日中は外が暑くてたまらないし。でも、クーラーつけてないと死にますよね。もしクーラーつけずに一晩寝たら死ぬ自信あります。そう考えると、夏ってほんと怖いんですよね。

「夏 怖い」と言えば、皆さんは幽霊を信じたりしますか?僕は信じてます。仏教徒なのですが、信じてます。いや、過去にそういう話を聞いたことがあるんですよ。仏教では、生命状態(または境涯)と言って、自分の生命全体の状態が良くなったり、悪くなったりすると説くんですね。それは様々な縁に触れて、自分の中の生命状態が引き表わされて出て来るんですが、それが何か暗いものや悪いものを見ている時に、そういう縁に触れて鬱屈とした生命が出てくる。そして、出てきた暗い生命状態と呼応して、同じく暗い生命状態の幽霊と共鳴し合って、結果それが見えてしまう。確かこういう感じだったと思います。もし楽しくて明るくてたまらないウキウキした幽霊がいるとしたら、生きている人間側としても楽しい状態の時に観測することができるかもしれません。

幽霊に関してこれだけ目撃情報が出てるのに信じないわけにはいかないですよね。UFOなんかについてはまだちょっと僕は懐疑的ですが。でもUFOがこない可能性はゼロではないですよ。少なくとも地球から観測できる範囲には知的生命体は存在しないのですが、それでも地球以外の星の文明がどのくらい進んでいるかは、我々には分からないですからね。瞬間移動できる技術なんてのもあるかもしれません。

ちなみにタイムスリップについてですが、以前テレビで「過去に行くのはあり得ない、なぜなら因果律があるからだ」と言っているのを聞いたことがあります。僕もそれには賛成です。結果というのは原因があるから成立するものです、それを遡ってしまえば原因と結果の関係性が崩壊してしまいます。

例えば温かいコーヒーがあって、コップの面積のどこからでもミルクを落とせば、必ず最後は自然とコーヒーとミルクが混ざりあってカフェオレができます。コップのどの位置からミルクを落とすかという選択肢は無限大にあります。しかし、結果は「カフェオレができる」という一択しかありません。

この例から考えても結果からどの原因に行けばいいのかが分からなくなるので、過去へのタイムスリップは不可能なのです。あるいはもし可能だとしても、自分の知っている過去とは別の過去に戻ってしまうかもしれません。

話が右往左往しましたが、幽霊もUFOも科学的に証明できる日は来ると思っています。ただし、クオリアのように科学ではどうしようもない問題もあります。科学絶対主義には陥らないようにしたいものです。

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