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耳で聞くという凄さ

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今かなり気分がいいのでブログ書けそぉーうっひょー꜀ (゚∀。) ꜆って感じなので書きます。

飲んでるのはノンアルコールのビールなんですけどね、でもなぜか酔ってるような感覚になれますね、どういうこっちゃ…

ところで話は変わって耳の話になります。創価学会では、例えば仕事で疲れてそのまま会合に参加はしたものの、会合中に寝てしまうような人に対して「大丈夫、仏の話は毛穴からでも入ってくるから」と、無理に起こしたりしなくていいと言われます。耳だけでなく、毛穴からでも話を聞くことができる、と。

この、耳以外でも音を聞くことが出来るという話、近年では科学的にも立証されつつあるらしいですね。それを聞いて、僕はいたく感動した覚えがあります。そういう、近年になって初めて立証されるようなことが、もう何年も前から仏法の指導には盛り込まれていることに、仏教の凄さを感じます。

耳というのは仏教において非常に大事です。この世界は耳根得道(にこんとくどう)の国と言って、耳で仏の話を聞くことで成仏できる国であると説かれます。仏の話を聞く以外に成仏出来る方法がないのです。耳というのは常に開いています。だから相手が聞く気があろうがあるまいが、とにかく耳に言葉を入れれば相手の中に仏の種を植えることができます。

これは仏教のみならず、いろんなことにも言えるのではないかと思います。相手になにか大事なことを伝えたい場合、あるいは苦言を呈する場合、言うのは勇気が要るし、相手が聞く耳を持たないかもしれません。それでも耳は開いているから、必ず相手の中に種として残る。故に、真心からかけた言葉は、相手がどんな状況であろうと、必ず相手に通じるのだと信じています。

この確信で、相手の反応など気にせず、言うべきことは言う、を貫いていきたいと思います。

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