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自分の苦しみを誰も理解してくれないという苦悩

この記事は約3分で読めます。

周囲の無理解による孤独感

僕はうつ病で毎日苦しんでおり、これが家族になかなか理解してもらえません。一応ある程度は理解してくれているとは思うのですが、「いやそういうことじゃないんだけどな…」みたいに思うことが非常に多いです。本当はかなりしんどいのに少し明るく振る舞うと「なんだ、元気じゃん」と思われてしまいます。かと言って暗い表情でいるのもおかしい気がするし、言葉でいちいち説明するのも気が引けます。

特にうつ病は目に見えない病気なのでなおさら理解されにくいです。これが本当に苦しくて、家族や周囲の人に言ってもダメだと思い、Twitterで苦しさを発散させています。まだTwitterの方が理解者が多いので。

そういう風にして「どうせ家族は理解してくれないんだ」という思いからどんどん孤独になっていきます。心の底では、家族や周囲の人に対して、理解してくれない怒りみたいなものが蓄積している感覚もあります。

理解してくれないのはお互い様

しかし考えてみれば家族にも苦しいことはあるのです。家族一人一人、それぞれに言うに言われぬ苦悩があって、愚痴りたいけど愚痴れないという苦しみがあると思います。

みんながみんな、お互いに「私の苦しみを聞いて!」あるいは「私の苦しみの方が大変なんだ」とぶつけ合うようでは、人間関係もうまく成り立たなくなるでしょう。

まずこの「苦しいのはお互い様である」ということをよく理解せねばならないと、自分にも言い聞かせています。人生というものは楽ではないのです。それぞれに大きな苦しみがあって当たり前です。

だからそこで自分だけが愚痴を聞いてもらいたいとワガママになってしまうことはよろしくないでしょう。

しかしうつ病で言えば、本当に窮地に立たされていて、きちんと家族に理解してもらわねばならないこともあるでしょう。そうした場合はきちんと説明して、何がどう苦しいのか、家族や周囲の人間にどういう支援をしてもらいたいのか、それをはっきりさせることが必要であると思います。この自分の苦しみを話す時は、愚痴ではなく、真剣に誠実に話し合うことが大切であると思います。

苦しんだ自分は誰かの苦悩を理解できるよう努めたい

これだけ目に見えない病気で苦しんだ僕ですから、今度は反対に誰かがうつ病などの目に見えない病気で苦しんでいたなら、自分は誰よりもわかってあげようと思うのです。うつ病じゃなくても、他の分かりにくい病気であるなら、ああだこうだと決めつけずに、一旦立ち止まってよく考えて、どういう苦しみなのか、よく話を聞く事に徹して、絶対に偏見で考えないようにしようと決意しています。

理解してもらいにくい病気というのは本当に苦しいものです。でもだからこそそれを経験した自分ならば、同じように苦しむ人の数少ない貴重な理解者になることもできるはずです。そんな風に自分の苦悩の経験を昇華させて人を救うことができると思います。

人を救うための貴重な武器を手に入れたことに感謝して、今を力強く乗り越えていきたいと思います。

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コメント

  1. ケロディウス より:

    昔、親ととうつの見解の違いで凄く言い争いになったこと思い出した…。でも今考えると親もこの苦しみを解消できなくて辛くなっていたんだな、ってわかる。みんなそれぞれ辛さを抱えて生きているということがわかるいい機会だったな。
    私も他の人が辛い時,完全に理解するのは無理だとしても,話を聞いて一緒に考えられるような存在になりたい。もちろんかっきゅんに対しても。
    いつも素敵な記事をありがとう。返事は無理しなくて大丈夫だからね~^^*

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    • wakame1001 より:

      こんこん、いつもありがとう(´•̥ ω •̥` *)
      自分がしんどい時はそれで精一杯になっちゃうからね…
      そうね、俺もそうなりたい、偏見だけは絶対にやめたいなって思うよ。
      コメントくれると記事を書くエネルギーになるからありがたい、、お互い無理なく頑張ろうね( ´ω` )/

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