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人生の紆余曲折は避けられない。延長線上で考えないようにしよう

この記事は約3分で読めます。

最近悟ったことがあります。

それは「人生は必ず紆余曲折があり、様々な喜びや困難、まさかの出来事、それらを重層的に織り成して、意図せずとも(直感的に真っ直ぐな道を進みそうなものなのに)ぐいんぐいんと曲がりくねった道を強制的に歩かされながら積み上がっていくものなんだ」ということ。

昔からこれは分かっていたつもりでした。でも分かっていませんでした。

最近感覚的に悟りました。

今までの人生を振り返ってみたんですよね、そしたら全然自分の思う通りにはいかなかった。想像していた人生とまるで違っていた。

どうあがいても思い通りにはいかない。想像を遥かに超えた出来事が待っている。

ジェットコースターで振り回されるような、そんなイメージが浮かびました。

どうしても未来というものは延長線上のようなもので考えてしまいます。

例えば今貧乏ならもう一生貧乏な気がしてきます。金持ちになるなんてあり得ない気がします。

今、重い病気にかかっているなら、これからもずっと治らないのではないか。治ったとしてもまたすぐに罹って苦しむのではないか。

反対に今が悠々自適で楽しい生活だとそれがずっと続くような気がしてしまう。

そういう感覚は誰もがよく感じるところであると思います。

でも実際そうはならないんですよね。

いいことも悪いことも長くは続かない。

ひっそりと平凡に生きようとしているのに、それなりにお金を稼いでそれなりに健康に生きようとしているだけなのに、なぜか思いもよらぬ出来事が待っているし、なぜこんな目に遭うのかというような苦しい経験もたくさんします。

よく考えてみれば、世の中というものは常に流動的に動いており、とどまることを知らないのであって、あらゆる生命体が瞬間瞬間にいろんな感覚を味わい、瞬間瞬間に心が変化して、それに伴い行動がコロコロと変わり、総じて見れば、特に地球上の世界はカオスになります。

天体の大きく緩やかな膨大な時間をまたぐ動きはある程度読めても、地球上の出来事は先読み困難です。

そりゃ人生が紆余曲折、変化しないわけがないだろうという話ですよね。

よく考えれば色々あるのが当たり前なんですが、なかなかその発想が出てこない。

苦しみが続く時には希望を失ってしまい、喜びが続く時には気が緩んでしまう。必ず状況が変わるとわかっているのに身構えることができない。

そこに人生における敗北の要因もあるような気はしています。

気をつけなければいけないと思います。

僕は人生は流されるものではなく、自分の手で創り上げるものであると思います。

そりゃ確かに思いもよらない出来事はあるでしょう。しかしどんな事態も悠々と、待ってましたと言わんばかりに、サーフィンをするように不測の波も軽快に乗り越えていけるとしたら。

なんと楽しい人生なんだ、と常に感じられるような人生にしたいですよね。これが本当に難しい。

色んなことがあるのが人生なので、色んなことがあっていいんですよね。

人は、自分の人生を振り返って感傷的になることがあります。

あの時あんな酷い目にあったなぁと心の傷口に何度も触ってみたり、なんと無駄な時間を過ごしてしまったんだと後悔したり。

そうやって過去のことでいたずらに思い悩むことは必要ないと思っています。過去志向は精神が疲弊します。

「あんな悪いことをしてしまった、もっとこうしていればよかった」

いいんです、色んなことがあるのが人生です。

その時はそれが精一杯だったんですから。

常に未来志向で、新しい人生を、新しい価値を次から次へと積み重ねていく。

さぁ次はどんなことをしようかと心を踊らせる。さぁ次はどんなことが待っているのか、と変化を楽しむ。一直線上の未来など考えずに、色彩豊かな波乱万丈の最高に面白い人生が待っているんだ、と信じる。

そういう豊かな人生にしたいものです。

…と自分に言い聞かせたいです。

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