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強さと慢心。慢心の恐ろしさ。

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人間は幸せにならなければなりません。

みんな幸せを希求しています。人生のゴールは絶対的な幸せです。

そのために必要なものは強さであると思います。

人間的な強さ。どんな困難があっても負けない強さ。

それがなければいくら、誰かに今は助けてもらっていたとしても、いざという時には自分に強さがないので、不幸になってしまいます。

まぁ、とてもシンプルな話なんですが。

どんな環境に置かれようとも絶対に負けない強さを持っている人はいつまでも幸せを掴み続けることができます。

さて、強くなることは素晴らしいことなのですが、強くなればなるほど、それに比例して困ったことが起きてきます。

それは「慢心」という恐ろしい存在です。

強くならなければいけないのですが、どうしてもそれと同時に慢心がやってきます。

ある意味、表裏一体と言えるかもしれません。

慢心とは「私は偉いんだ」「何でも1人でできるんだ」「すべてを悟っているんだ」というように驕り高ぶっているような状態のことであると思います。

自己肯定感、というものは大事で、慢心と自己肯定感は似ているようなので厄介なのですが、似て非なるものです。

自分はやればなんでもできる、という自己肯定感は必要です。なんですが…自分が努力して何かを成し遂げられることそのものがどれだけ恵まれているかということを知らねばなりません。

人間は誰しも独りで生きていくことができません。生まれた時から今日まで、必ず誰かの力を借りて生きてきています。直接的でなくても間接的に誰かの恩恵を必ず受けています。

そのことに対する感謝を忘れてしまうと、慢心が発動してしまいます。

自分なんかまだまだだ、周りのみんなに学ばねばならない、尊敬しなければならない。という謙虚さが必要です。

そうでないと傲慢になり、また横柄な態度になり、人間性は崩壊して誰からも好かれなくなってしまいますし、向上心もなくなるので、今は良くても、いずれ失墜してしまいます。

「自分はすごい存在なんだ」という自己肯定感と「自分なんかまだまだ全然ダメだ」という謙虚さは矛盾するような感じなんですよね。

そこが非常に難しい。

「自分なんか全然ダメだ、どうせ頑張っても無駄なんだ」という卑下と、「自分なんかまだまだ全然ダメだ、もっとみんなを見習って、さらに高みを目指そう」という謙虚さは違います。

卑下は自分の可能性を否定しています。謙虚は自分の可能性を肯定しています。

自分の中に崇高な可能性を見出して、それを尊敬する。一方で、それを尊敬している自分を客観的に見つめ、その自分はまだまだ全然ダメだと謙虚になる。

自分は崇高で尊貴であり、かつ自分は惰弱で愚かである。この思いの両輪を回していかなければならないということでしょうかね。

私は強い、私はなんでもできる。でもそれはあの人やこの人のおかげだ。という思想、と言いましょうか…

とにかく一番訴えたいのは、慢心が怖いということです。気づいたら慢心に食い破られていて、向上心を失い、周りのみんなを見下してしまっています。

僕はこれのせいで人生がうまくいかなかったんだと、この前悟りました。先輩と車内で話していてすごく話が盛り上がったんですけどね。

だから大事なのは感謝ですね。

自分が今ここでこうやって普通に生活できていることを当たり前だと思わない。

本当にこれは大事なので、お互い気をつけていきましょう。

色んな人に支えられて、今の自分があるんです。それを絶対忘れてはいけません。

こうして普通に生活していられるのが当たり前だと思えば感謝はなくなります。

今のこの状況がどれだけありがたいか、どれだけ奇跡的であるか、どれだけ今まで関わってきた周りの人たちの血のにじむような思いがあって、今の自分の安全が保たれているのか。

そういったことに思いを馳せる想像力というか、一歩立ち止まって考える意識をつけなければならないと思います。

それでなんとありがたいことかと思えば一気に幸福へと歯車が回っていきます。

綺麗事だとかそういうことでなく、本当にその少しの差で人生が大きく変わってしまうのです。

僕はこの前悟った時からもう絶対に傲慢にはならず、賢い人、人間性の優れた人に嫉妬することなく、自分の中の嫉妬心をへし折って、慢心をポキッとへし折って、頭を下げる、謙虚になって偉大な人を尊敬する。どんな相手でも素晴らしい点を見出して尊敬する。

それが人生をぐっと楽にし、充実感あるものへと変えていける大事な要素であると思います。

ちなみに僕は仏法者なので、自分の中に仏の生命という崇高な命が眠っていて、それを尊敬するという信仰をしているので、他者への尊敬プラス、己身の崇高な生命への尊敬を最も大事にしています。それがどんな人の中にもあるからこそ、どんな悪人でも見捨てずにいられる信仰です。

この説明で伝わったでしょうか、うまく言葉にできないのですが。

とにかく、慢心をへし折る、これを常に心がけていきたいと思います。

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