スポンサーリンク

自由になんでもブログに書けるという喜び

思想哲学・思索
この記事は約5分で読めます。

ブログで思想を披瀝できる喜び

ブログを開設して本当に良かったと思っています。

ここに、普段僕が考えていること、気付いたこと、どうしても誰かに伝えたいこと、これを好きなだけ思う存分書くことができます。

これが本当にありがたい!

家にいながらにして、全世界に僕の思想を発信できる。

といっても、なかなか読んでもらえませんが、それでも1人にでも呼んでもらえるなら、こんなに嬉しいことはない。

書きたいのに書くことがない

SNSに夢を抱く人たちが陥る「書きたいけど、書くことがない」問題(田中 泰延) @gendai_biz
コピーライター・CMプランナーとして24年勤務した電通を2016年に退社し、以来、「青年失業家」として活動する田中泰延氏。初の書著『読みたいことを、書けばいい。』が6月に刊行され、発売1か月ほどで6万部突破という好調な売れ行きを見せている。なぜ異色の文章読本が売れているのか。

こういう記事を最近見かけまして、どうも話題になっているようですが、考えさせられるところがあります。

書いて褒められる自分になりたいという人が多いんですね。確かに僕も、顔や声を褒められるより、発言内容を褒められる方が圧倒的に嬉しかったりします。

自分の考えていることを認めてもらえる方がよっぽど承認要求が満たされるというか。

だから「書きたいことがあるから書く」のではなく、「書きたいことはないけど書くために書く」というところに陥ってしまいがちだと。

まぁこれは僕もあります。ブログに記事を上げたい、とりあえず100記事超えを目指したい、そういう目標を持ってやっていると、書きたいことがあるから書くわけじゃなくて、とりあえず書くことが目的になってしまう。

書くことが目的になっている文章というのが正直全然面白くないので、これは改善する必要があります。

しかし「書くことがない」なんてことはないと思います。実はちゃんとあると思います。それをアウトプットできないだけで。

客観的事実だけを並べた文章に需要はない

それでさっきの記事に、

自分の内面を書きたがる人はいますが、たいがい、つまらない。つまらない人間とは、「自分の内面を語る人」なんですよ。有名人は別ですが、他人はそれほどあなたに興味がありません。

とありましたが、これには違和感を覚えました。

とは言っても、ある意味間違ってはいないと思います。確かにその通りです、自分の中で思いついたことだけを語っていても誰も興味はないでしょうし、大体1人の人間が自然に思いつくことなんてみんな思いついてることなので、何の新鮮味もなければ面白みもないでしょう。

ただ、語っている内容の99%が学んだことであったとしても、残りの1%の「自分の中での気付き」こそ、その文章の価値ではないかと思うのです。

何かを学んで、学び尽くして、それを文章にしただけでも充分価値はあると思うんですが、その場合はもう誰かが文章にしていると思うので(自分がよほどの専門家でもない限り)、それならそっちの本の論文とか記事を読みに行けばいいだけなので、需要がありません。

なにかを理解して自分の言葉で例えなどを用いて説明する、という文章は価値がありますね。同じことを言っているのであっても、分かりやすい絶妙な例えなどを用いられれば「なるほどそういうことか」とわかる人間も現れてくるでしょう。

内面を語ることの重要性

んで、さっき違和感を覚えたと言いましたが、内面を語ることは僕は重要なことだと思います。むしろ内面を語らなければいけないと思います。

人間にとって本当に必要なのは、外の世界の探求ではなく、内なる世界の探求であると僕は思っているからです。

「本当に必要なのは」と言いましたが、外の世界の探求も内の世界の探求も両方必要です。

ただ、内なる世界の探求の重要性は見落としがちだということです。

事実、先程の記事の筆者もそのことには気付けていませんでした。これではあまり賛同できません。(もしかしたら表現の問題というか、何か語弊があったのかもしれませんが、全体を通して読んでみても、やはり同じでした)

どれだけ自分の中でより深く思索を掘り下げられたかどうか、それを上手くアウトプットできているかどうかが本当に価値のある文章を書くにあたって大事なことだと思っています。

まぁ文章のプロに僕が偉そうなこと言えませんが、実際ブログ飯の著者の染谷さんはどちらかと言うと僕よりの考え方でした。

自分の中にある哲学、自分の中の世界で起こっていること、それが自分の中だけでなく万人に普遍的な哲学であれば、その内容は大いに価値があります。だから自己の探求は大事だし、内面を積極的に書いていく必要性があるというのもそういうことです。

ただしそれは充分な勉強の素養があって初めて成し得ることです。勉強しつくした上で、自分の中にある哲学を語らなければいけないと思います。

人生を打開する本物の言葉とは

僕の先生は、

行き詰まりの根本は、目が 『外』 ばかりを見て、『内』 を見ていないところにある。なかんずく、『生老病死』 という人間の根本問題から目をそらしているところにある。

と言われています。

みんな内面を見ていない。苦しみの原因を外に外に探そうとする。あいつが悪いだの環境が悪いだの。

でも本当の答えは内側にあるのです。そのことがわかっていて、悟っている人の書く文章というのは読む人の心に突き刺さります。本当に心を動かします。

僕はそういう文章を書くことを心がけています。

だから勉強も大事なんですが、ある意味そこまで勉強しなくても、今まで色々勉強して経験してきましたから、書くことは山ほどあります。

僕には人生哲学を語る自信があります。

そして先ほどの先生の「生老病死という根本問題から目を逸らしている」という件ですが、こういう根底にある哲学を前提にして言論を展開していかないと、根無し草であると思います。

どれだけいいことを言っているようでも哲学がペラッペラで中身が薄い。

やはり自分の中の世界を追求し、哲学を深め、その冴えた目で物を見て語るから、人の心を動かす文章が書けるのではないでしょうか。

本物の文章を書きたい

いかんせん世の中の人というのは、ほとんどの場合書くことの内容が薄っぺらくて哲学が浅いです。辛辣に言いましたけど、本当にそうです。

僕はなんとしても本物の文章が書きたい。

今書いているこの記事も薄っぺらいかもしれません。でも絶対成長してみせます。

書くことがないと言うことはあり得ないと思います。絶対に書くことはあります。しっかりと思索を深めていけば、必ず気づきが得られます。

こんな便利な時代ですし、ブログやSNSでも始めて、自分の意見をどんどんアウトプットしていくことが大事ではないかと思います。

書くことで自分が見えてきます。自分の内面が見えてきたらそれをまた記事にして書くことでより深く潜れます。

読む人にとっても価値ある文章になっていくでしょう。

僕には絶対に間違いないと確信している哲学を持っているので誰にも負けません。最後には必ず勝ちます。

0
ブログランキング参加中です!クリックしてもらえるとありがたいです!
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

コメント

タイトルとURLをコピーしました