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【治したくない?】うつ病も過敏性腸症候群も治したくない思いがある

過敏性腸症候群(IBS)
この記事は約7分で読めます。

(半ギレ)

前からあったと言えばあったんですが、うつ病も過敏性腸症候群も治したくないなーっていう思いがあって、最近強い気がします。

とは言っても

ここまで読んで絶対勘違いされてると思いますが、うつ病だと甘えられるし楽だから、とかでもなければ、うつ病だったらこのブログを書きやすいから、とかでもありません

確かにうつ病のおかげで1年半ほど仕事せずにずっとダラダラ生活はしてました。しかしそれが幸せだとでも?

うつ病は甘えられる?うつ病になってみればわかります。むしろ周囲の無理解で「うつは甘えだ」「シャキッとしろ」「気合を出せ」の嵐。全然甘えられません

というか何よりもうつの症状がしんどすぎるので、全然楽ではありません。毎日死にたくてたまらない、何も楽しくない、そんな日々が楽しいわけがない。

僕からすれば、仕事すらできず、動けず、寝てばかりで家族にも冷ややかな目で見られる、罪悪感や劣等感に苛まれる、そんな屈辱を感じるよりは仕事して社会で認められてる方がよっぽど気分がいいです。

「仕事してる方がマシ」とかいうレベルじゃないです、真逆です、うつは不幸です。

活躍ってのは本当に幸福の異名だと思います。

そりゃそうだと思いません?

しかも全然難しくもない適当な仕事してて現状に甘んじていて、毎日楽したい楽したいと思ってるなら生きるのがめんどくさくてしんどいかもしれませんが、僕は全くそんな人間ではなく、仕事できるならそこから昇格とか昇給とか、より良い仕事へ転職とか、夢も目指せますし、そういう自由度の高さそのものが最高に幸せです。

んでブログが書けなくなるからというわけでもありません。ブログが書けなくなってもうつが治る方がありがたいし、うつの経験はしっかりとあるので、それを活かしながらいくらでも記事は書けるし、なにより治せたという実証を示す方がうつ病患者に向けては希望になると思います。

(実は本当のところを言うと治ってない方が「あぁこの人もまだ現在進行形でうつなんだ、ホッとするな」と思ってもらえるから励みになりそうですけどね(小声))

ちょっと愚痴っちゃいましたけど、そういう理由ではないのです。

健康になると健康ボケする

って言うのが一番の理由です。

うつや過敏性腸症候群で地獄の苦しみを味わっている時、

「なんて苦しいんだ、俺にはあれもしたいこれもしたい(と思えるのはかなりうつが良くなってきたからですが)、色んな夢があるのに…ちくしょう、健康になったら、うんと勉強するし資格もとるし仕事もめちゃくちゃ頑張るし、不健康じゃなくなったら全部取り返してやるし、馬鹿にした奴ら全員見返してやる、今に見てろ(ꐦ°᷄д°᷅)!」

と思うんですが、最近うつも過敏性腸症候群も楽になる時が多くなってきたのですが、そうなると、

「あぁーーーー楽ってのはいいな、健康ってのは最高だわ。はぁぁ遊びたいな、いや遊ぶのはめんどくさいけど、積極的に外出て遊ぶとかじゃなくて堕落したいな。動画とか見まくりたいな、淫m…ゲーム実況でも見よう(提案)」(以降、淫m…ゲーム実況巡回で時間大量浪費)

となります。僕はね。

つまり程よく不健康な方が頑張れるんですよね。なにくそ、と思える。

楽になると、堕落してしまうんですが、それでまた体調崩すと、また後悔して「今度こそ絶対頑張ろう、治そう、良くなったらあれもこれもやろう」

の繰り返し…

不健康に叱咤激励される

いわば不健康こそ最大の先生みたいなもんですよ。

不健康にいつも叱られるんです。

不健康「おい何やってんだよ稽古サボってよ!なに淫○ビデオなんか見てんだよ!」

だから強いていえば不健康の方が楽です。

叱ってくれる先生がいるからです。

(そういう意味では冒頭で述べた「楽したいからうつを治したくない」はあながち間違いではないかもしれません)

僕には直接指導してくれる先生はいません。師匠と言える存在はいますが、直接指導を受けられるわけでありません。

だから苦悩という先生はすごくありがたい存在で、それが僕を奮い立たせてくれて、「こんなことではいけない」と思えるのです。

なのでもしうつにならなかったら、もし過敏性腸症候群にならなかったら…。僕はどれほど堕落して、馬鹿みたいに傲慢な人生を歩んでいたかと思うと怖いんです。(ならなかった人を蔑むわけではないですよ。愚かな僕だから、です。)

病気になって本当によかったと思っています。

病気のおかげで傲慢にならずに済んでいる
今、僕は双極性障害と過敏性腸症候群と、あと人前に立つ時は社会不安障害で、もう何が何やら、病気で生きるのもほんと精一杯です。でも、そのおかげで毎日いろんなことを考えます。もし自分が病気じゃなかったら毎日ウキウキして元気でしょうが、きっ...

健康な時にいかに頑張れるか

しかし、当然ですが、本格的に病状がひどい時は頑張れません。心は常に頑張ることはできるかもしれませんが(この辺はうつの場合はどうかわかりませんが)、病気は身体が不自由になるから、仕事できるわけでもないし、夢に向かって努力もできないし、友達にも会いづらいですし、早く治ってくれ頼むと思います。

病気が治ったら絶対自己鍛錬してやるぞ、これまで愚かな人生を送ってきたことに気付かされた、病気に教えてもらえた。

感謝と求道の人生を送ろう!

と思うんですが、人間ってのは愚かで、いざ健康になるとその決意を忘れてしまいます。

しかし、私は幸せだ、とも思います。

本当に幸せです、なんと幸せであろうか。

なぜならば、堕落する度にうつに襲われる。(最近はうつよりも過敏性腸症候群が苦しいですが)

だから病気という先生に常に見守ってもらえている。常に叱っていただける。なんとありがたいことか。

うつ病のおかげで僕はこのブログを通じていろんな人を励まそうとも思えましたし(実際このブログを見て泣いたと言ってくれた人もいました)、絶対に人生大逆転してやる、大成功してやる、とも思いましたし、勉強する習慣もつきました。資格を取る決意もできましたし、人生を逆算して何歳までにこれを果たそう、とも思えました。

過敏性腸症候群でお腹が痛くて、力んでも全然出ないのにトイレにこもって下痢だか便秘だかよくわからないでもお腹痛いし気持ち悪いと感じながら、ずーっと数学の勉強してましたし、Wikipediaで天体について検索してました。(まぁこれは面白かったので)

便器の上で激痛に苦しみつつ下痢便撒き散らしながらずっと頭の中で数学の証明を頑張ってました。

勉強することが楽しくて仕方ないと思わせてくれました。

病気のおかげでブログで本格的に稼げないか本気で悩みましたし、ビジネスについてもめちゃくちゃ考えました。

うつ病になるまではこんなことはありませんでした。

どん底に辿り着いたから水面を目指せるようになった

たしかショーペンハウエルだったか、詳細は忘れたのですが、

「水に沈んでいる時は上手く浮上できないが、いざ水底に辿り着いてしまうと、底を蹴って、かえって首尾よく水面に浮き上がることができる」

という言葉をどこかで見ました。たしか何かの本の冒頭でした(「自殺について」だったかなと思って今開いてみたのですが書いてありませんでした)。

また、それを検索して調べていた時にショーペンハウエルのこんな言葉も見つけました。

船は荷物をたくさん積んでいないと不安定になりうまく進めない。同じように人生も心配や苦痛を背負っている方がうまく進める。

まさにこれらの言葉の通りで、特に水底の例えはいつも頭によぎります。

もし病気もせずにずっと楽だったら、僕は人生に対して主体的になれず、ただただ流されるだけの日々だったかもしれません。でも病気で苦しんだから人生に大きな目的を見出すことができました

僕にはうつ病患者を励ます使命があるんだと自覚もしています。

そしてショーペンハウエルの後者の言葉の通り、今後、うつ病や過敏性腸症候群などの、完治しないような病気とずっと関わっていかなければならない方が、僕にとってはいいのかもしれません。

その方がしっかり地に足つけて力強く前へと歩めるのかもしれません。

しかしそういう風に考えていくともう一つ葛藤が出てきて、病気がある方がいいと思ってしまうと、病気を治す意欲がなくなってしまいます

ここはもう、なんというか、車の両輪ですよね。

「病気があってよかった」という気持ちと、「絶対に病気を治す」という気持ち。両方ないとダメなのかなって思います。

病気に感謝しつつ、でも絶対に病気を治す。

ドラゴンボールの悟空やストリートファイター
のリュウとか、熱血系格闘主人公にありがちな「強い奴と戦うことが楽しい。でも絶対に負けない」みたいなやつです。かっこいいですね!俺カッコイイ!^^

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