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誹謗中傷や悪口は気にしなくていい

思想哲学・思索
この記事は約3分で読めます。

最近、誹謗中傷や、悪口を言われたことで頭を抱えてずっと思い返しては気にしてる方いらっしゃいますでしょうか?

それ、全く気にする必要はないですよ。

例えばニコニコ動画の何パートもある人気動画のパート1のコメントなんかを見るとよくわかるんですけど、物凄い誹謗中傷コメントの嵐なんですよね。(パート2からは一気に誹謗中傷コメントが激減します)

それがもう本当に、言えることなら何でも言ってやるというか、思いつく悪口がことごとく書かれてるんですよね。

実は悪口って、

「悪いところがあるから言う」んじゃなくて、

「悪口を言いたいから何とかして悪いところを見つけて言う」んですよ。

悪いところがたまたま見つかったから言ってるのではなく、そもそもの目的が悪口を言うことだから悪いところを探して言うわけです。

どんな偉い素晴らしい人に対してだって悪口を言うことはできるんです。悪いところを探そうと思えば、誰に対してだっていくらでも悪いところを見つけられるんです。

だから気にする必要なんて全くないんですよ、誰にだって欠点はあります、完璧な人間なんていません。

完璧な人間なんていないから、欠点を探して言うようにすれば、必ず悪口を言うことはできるんです。

つまり悪口を言う人というのは「悪口を言うことが目的」だからとにかく粗探しして悪口を言ってるんで、それはもう本当に気にしなくていいんですよ。

悪いのは悪口を言った人です、あなたではありません。

仮にあなたに本当に悪いところがあったとしても、誹謗中傷や悪口を言うことは間違っています。あなたのためを思って言ってくれてるのだとしたら、「ここはこうした方がいいと思いますよ」とアドバイスしてくれればいいだけであって、誹謗中傷ってのはそれとは違います。

当然ですが、その誹謗中傷や悪口を言っている人自身にだって悪いところは当然あります。欠点は必ずあります。

だから気にしないことです。その悪口を言う人は、あなたをなんとしても悪く言いたいだけです。

もったいないので、もう落ち込まないでください。あなたは他の人と変わらない、尊重されてしかるべき、立派な1人の人間です。

そして、もう一歩踏み込んで考えるならば、その誹謗中傷や悪口さえも、自分の栄養分に変えてしまいましょう

口汚く罵倒されたら腹が立つと思いますが、まぁそれはそれとして置いておいて、なるほど自分にはそういう欠点があるのか、と、頭の中で普通のアドバイスとして変換してしまいましょう

例えば僕は一仏教者としていつもやっているのが、悪口を言う人の中に諸天善神という神様が入り込んで、その人の口を借りて、アドバイスをしてくれているのだと、そう捉えます。

これは僕と同じ信仰をしていなくても有用な考え方だと思います。

その誹謗中傷や悪口を言う人の中に、自分を助けてくれる何かが憑依して、その人の口を借りて悪口という形で自分を正しい方へと導いてくれているのだと、そういう風に捉えてしまいましょう。

これは、その人に言われたのではありません、その人の中に入り込んだ神のような何か超越的な存在から言われたことにしましょう。

もしそういう風に考えることができれば、マイナスもプラスになるし、腹立たしい気持ちも抑えることができるようになるのではないかと僕は思います。

自分にとって大事なのは、自分の人生です。自分を守ることができれば、要するに自分を成長させることができれば、それでいいわけです。

都合よく、都合よく、考えていきましょう。

今のうちにしっかりと楽観主義を身につけておいた方がいいと思います、それが人生を通して役に立ちます。

卓越した人生哲学というのはそういうのも含まれると思います。

波濤を受けてはさらなる高波へと、いやまして強固な波へと自己を成長させて前へ前へと突き進みましょう。

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